うつの治療(その10)
脳は、人が生きていく中で「歩く」、「走る」、「食べる」といった基本的な動作に関する命令をからだに伝えており、これによって人は日常生活を円滑に送っています。しかし、脳が命令を出すのはからだだけではありません。こころにも「意欲」、「食欲」、「記憶」などといった感情的および知的命令を伝えています。脳からからだやこころへの命令は、神経伝達物質やホルモンなどを仲介して行なわれます。この神経伝達物質の中で、脳からこころに元気を伝える物質が“セロトニン”と“ノルアドレナリン”です。これらは気分や意欲、食欲、記憶などを神経に伝達します。脳内の神経細胞から、セロトニンやノルアドレナリンが放出されると、図のような受け手である神経細胞の受容体に結合して、情報を伝達します。しかし、何らかの理由でこのセロトニンやノルアドレナリンが減ると、気持ちの活性化が伝えられずに憂うつ感などを引き起こしてうつ病になると考えられています
うつ病はこれまで説明してきたような生活環境などによるストレスだけが原因でなるわけではなく、からだの病気が原因となることもあります。うつ病になりやすい病気には以下のようなものがあります。脳の病気によるうつ病(脳腫瘍、脳血管障害、老人性痴呆、てんかん、パーキンソン病など)、糖尿病、甲状腺機能の亢進症または低下症、更年期障害、慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなどの膠原病、がん、手術後、血液透析、インフルエンザ、肝炎などのウイルス感染症などがあります。
「自分もうつ病かも・・」と思った方がいらっしゃると思います。うつ病で何よりも大切なことは、うつ病を正しく理解して、早めに治療を受けることです。うつ病は治療を受ければ必ず治る病気なので不安になることはありません。
うつ病のときは、脳の機能不全によってものの見方が極端に悪くなります。そのため、元気なときなら気にならないようなちょっとした失敗でも、「とんでもないことをしてしまった」、「自分はダメな人間だ」と考えてしまいます。さらに、「こんなに役立たずの自分はこの職場にいても、迷惑をかけるだけだ」と考え、退職などに突き進んでしまうことがあります。
この“退職”という決断は、うつ病によってものの見方が否定的になっているために生じているものであり、患者さんの本来の考え方ではありません。決断を焦らずにうつ病から回復し、本来のものの見方、考え方ができるようになってから、「仕事をどうするか?」などの、重大な決断を行うようにしましょう。
また、せっかく治療を始めても、否定的なものの見方に基づいて退職や離婚をしてしまい、その結果、環境が悪化してしまう場合があります。この様に否定的なものの見方によって引き起こされた環境が、新たなストレスや周りからのサポートが得られにくい状況を作り出し、治療に悪影響を及ぼしてしまうこともあります。
うつ病の再発を予防するための「維持療法」とは、もとの生活や職場に復帰できた後も、くすりによる治療を継続することです。
ある研究では、抗うつ薬による維持療法を行った場合は、維持療法を行わない場合に比べて再発する患者さんの頻度が低くなることが報告されており、うつ病の再発予防のために維持療法の効果が認められています。初めてうつ病になった患者さんでは、およそ半年間はくすりの服用を続ける必要があります。特に、うつ病の再発を何回か繰り返した患者さんや、まだ症状が残っている患者さん、重症のうつ病と診断された患者さんでは、1〜3年程度の長期にわたり治療を継続する必要がある場合があります。
抗うつ薬の維持療法をどのくらい続けるかは、担当の医師と十分に相談していただくことが重要です。また、抗うつ薬の維持療法による再発予防以外には、「物事の“とらえ方”」を調整する認知行動療法を行うと、再発する頻度が低くなるという報告があります。
周囲の方のうつ病への理解が、うつ病の患者さんの大きな支えになります。
家族や友人、会社の同僚がうつ病で悩んでいるみたいだけど、どんなふうに力になってあげればいいかわからない……、周囲の方からのこんな声をよく聞きます。まず、うつ病の患者さんのためにすることは、この病気についてよく勉強することです。
普通の怪我や病気と違って、うつ病では傷口が目にみえません。そのため、患者さんの苦しさやつらさが周囲の人には理解しにくいことがあります。しかし、うつ病の患者さんでは、ストレスなどによって脳内の活力や意欲を伝える神経伝達物質のバランスが乱れ、これによって憂うつ感や意欲の低下が生じています。この目に見えない患者さんのからだの変化をしっかりと理解してあげることです。
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